20180309

 

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瘡蓋を剥がした直後、血が出るより先に、透明な、きらきらした シロップのような体液が、ぽつ ぽつ と玉のように湧出する。心臓がひとたび拍動すれば あとは血が滲んで・凝固して・再び瘡蓋を形成する、一連の生理現象が始まってしまうわけだから、微小な水晶の湧出現象は 拍動と拍動の間の、心臓の止まっている間の、刹那の反射運動である。

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冬の終わりに梅のつぼみの膨らむのは、これに相通ずるものがある。老いた漁師の腕のように 太くてゴツゴツとして、乾燥して、曲がりくねっている梅の幹。ところどころに細く短い針金の枝が刺さって ぽつ ぽつ と湧出する梅のつぼみ。

一週間もすれば、つぼみは花となり、すぐに桜が咲いて、やがて青葉が茂る。梅のつぼみの湧出は、これも、季節の鼓動の狭間にだけ見られる 刹那の反射運動だろう。

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この時期になるとわたしは 川のせせらぎや鳥のさえずりといった自然の音が、遅れて聞こえるような ぼやけて聞こえるような 不思議な感覚にとらわれる。これは、わたしが非常にせっかちな性格であるゆえ このような、季節の心臓の止まっている 世界の停止している瞬間にも無理にせかせかと生活を送っているせいかしら。(死後の世界もこんな様子なのだろうか?)

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最近、鼻からしきりに透明な体液が湧出する。梅のつぼみの湧出にわたしの体が感応しているのだろう。しかし、止め方がわからぬ。これまでの議論が正しければこれは刹那的な現象で、とっくに止んでいてもいいはずなのだが、さて、議論のどこかに誤りがあるのか、(誤りを発見した読者は至急連絡されたし)あるいは、わたしの心臓が、ずっと止まっているのか。

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